川崎大師と成田山~お不動さんを巡る旅♪
先週末の土日に、毎年初詣者数のベスト3にランクされる川崎大師平間寺と、成田山新勝寺へ行って来ました♪

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横浜へ用事があったついでに寄って来た川崎大師は、小さい頃に一度だけ参拝に来た事があるのですが、まったく記憶がないので、まぁ殆ど初訪問のような気分で行って来ました。

JR川崎駅から歩いて京急川崎駅へ向かいそこから大師線という支線で行くのですが、JR川崎駅周辺の不案内な事!!

私のような初めて訪れた者には案内が乏しく、たった2、3分の距離にもかかわらず非常に判りにくかったです!


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川崎大師は明治中期から広まった“初詣”という風習によって栄えてきたお寺のようで、最寄り駅である京浜急行も、参詣客を輸送するために開業した六郷橋から川崎大師まで通っていた『大師電気鉄道』が元になっているそうです。川崎大師は“京急発祥の地”なのでした!

駅を降りてから商店街を通り、“咳止め飴”と“くず餅”のお店が立ち並ぶ大変短い参道を抜けた先に川崎大師はありました。

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大変大きく立派な大山門を潜ると、正面に更に大きな大本堂があらわれます。

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それほど境内は広くなかったのでビックリしましたが、正月は身動きが取れないような状態なんでしょうネェ~(^_^;) 残念だったのは境内にある建物の殆どが昭和時代に建てられたものばかりだったのですが、ブログを書くに当たりいろいろ調べてみたら先の戦災で殆ど消失してしまったんですね・・・残念無念。

境内を一回りし、お土産にくず餅を買って、このあと横浜・みなとみらいへと向かったのでした。




翌日曜日は、家族でドライブを兼ねて成田山へと行って来ました♪

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綺麗に歩道が整理された商店会を抜けると下り坂になり、その下り坂がいわゆる参道で、近くに印旛沼や利根川があるせいか、昔から鰻が有名なところらしく参道の左右には沢山の鰻屋が立ち並んでいました。蒲焼の美味しそうな匂いに後ろ髪引かれつつ、まずはお参りです(笑)。

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昨年出来たばかりの真新しい総門を潜ると、江戸後期に作られた仁王門があり、その先が広く開けており、左右に翼殿を擁した巨大な大本堂が建っていました!?
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やっぱりさすがに規模が違いますね(^_^;)
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参拝したあと本堂右手奥にある成田山公園を散策してみました。
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梅や桜につつじと、四季折々の木々が沢山ありましたが、全体的にはまだ2、3分咲き程度でしたので、これからが見頃になると思います。。。
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公園の一番高いところにある『平和大塔』には、大きな不動明王が安置されていました。
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私は無宗教ですが、不動明王だけは命を助けられた事があるので信心しております(^O^)

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大本堂の裏手に当たるところには江戸時代に建てられた旧本堂や額堂、権現堂等がありました。さすがに風格がありましたね♪
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額堂には一千両もの寄進をしてこの堂を建てた七代目・市川團十郎の石像がありました。

歌舞伎役者・市川團十郎は“成田屋”の屋号を名乗りますが、初代團十郎の父親が成田出身だったそうです。初代團十郎はなかなか子宝に恵まれず以前から信仰していた成田山に祈願したところ、長男を授かる事が出来たそうです。
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その後、初代團十郎は不動明王に扮した歌舞伎を打つようになり、親子で演じた演目が大ヒットし、二代目以降も熱心に成田山を信仰し、同じように不動尊をテーマにした歌舞伎が江戸庶民の話題になったことと、現在の東京別院である深川不動で度々出開帳をしたことが、江戸の人々に成田詣が憧れとなったそうで、当時は成田山まで3泊4日くらい掛ったそうですが、かえってそれが庶民にとっての娯楽となり、今日の成田詣でに繋がっているそうです♪

帰りはもうお腹がペコペコでしたので、建物の風情が気に入ったので創業三百余年の大野屋旅館さんで鰻を食べてきました!

奮発して特製の『上うな茶漬』というのを食べてきました!
あまりにお腹が空いていたので写真撮り忘れましたが(汗)、半分うな重として食べたら、だし汁をかけて残り半分はお茶漬として頂くというなかなか美味なお味でした(#^.^#)
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お土産は漬物と、芋羊羹が有名な米屋さんでどら焼きを買ってきました!


ところで、川崎大師にも成田山にも魚市場の人々が寄進した巨大な天水桶や額等が奉納してあったのですが、川崎には魚市場があるけど、成田はどうして?っと思ったのと、仁王門に提っている大きな赤い提灯には『魚がし』の文字が入っていたので、魚市場と何か特別な結びつきでもあるのか気になっていろいろ調べて見ました。
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神仏に祈願する人々で作られた団体を“講中”と呼ぶのだそうですが、昔から魚河岸では商売繁盛を願って盛んに参詣をしたようですが、丸い赤地に黒文字で書かれた『魚可し』というよく見かけるマークも、参詣の際の千社札や奉納品を通して広まったんだそうです!!
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まぁ特別な関係というものはなかったようですが、魚河岸の人々の信仰の篤さと、やはり遠くの寺社への参詣は河岸の人々にとって慰安旅行も兼ねていたようです(笑)。


また、こんな面白い話も目にしました♪


『神田明神を崇敬するものは、成田山新勝寺を参拝してはならない・・・』


どう云うことかと言うと、神田明神の御祭神は、かの有名な平将門なんだそうです!

で、成田山の起源はというと、その昔、東国で朝敵の汚名(?)を着せられた平将門の乱を平定するために朱雀天皇より使わされた僧侶・寛朝が、携えた不動明王像を以って祈祷を行い、乱を鎮めた後に、そのままこの地に留まって開いたのが新勝寺なんだそうで、つまりは成田詣でに行くことは将門を苦しめるという訳で、神田明神の氏子は参詣に行かないそうです(^O^)

将門に関連した祟りの話は数多くありますから、頷けますネ♪

もうひとつそれに関連して面白かったのが、毎年成田山の節分会には大相撲の横綱のほかにNHK大河ドラマの出演者も参加しますが、昔、『風と雲と虹と』という平将門を主人公にした時は出演者は参加を辞退したそうです(笑)。


私も、お不動さんを信心しているので神田明神へ行くことは避けたほうがよいかな(;^_^A


さて、コレで兼ねてから念願だった真言宗・智山派の、本山、関東三大本山、別格本山すべてのお寺へ参拝が叶いました♪

信仰心は全く持って薄いですが(^_^;)、学生時代、地元の高幡不動尊でバイトをしていた事があったので、名前や各寺の関係は知っていたので、いつかは行ってみたいと思っていたので、結果的に20年以上もかかりましたが(笑)、まぁよいでしょう♪

さぁ~って次は、何処ぞへ行こうかなんて考えてたら、面白いものを見つけちゃいました♪
動機はどうであれ、何だか楽しそうだ(^O^)

だんだん友人に似てきたゾ・・・(爆)
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by heroes_cafe | 2009-02-11 10:07 | Travel&Outdoor

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